NIKKI. I. MEIDI 42 NEN. 1909.
二十日間
(床屋の二階に移るの記)
本郷弓町二丁目十八番地(注.1)
新井(喜之床)方
・宮崎君から送ってきた十五円で本郷弓町二丁目十八番地の新井という床屋の二階二間を借り、下宿の方は、金田一君の保証で百十九円余を十円ずつの月賦にしてもらい、十五日に発ってくるように家族に言い送った。
十五日(注.2)の日に蓋平館を出た。荷物だけを借りた家に置き、その夜は金田一君の部屋に泊めてもらった。異様な別れの感じは二人の胸にあった。別れ!
十六日の朝、まだ日の昇らぬうちに予と金田一君と岩本と三人は上野ステーションのプラットホームにあった。汽車は一時間遅れて着いた。友、母、妻、子……俥で新しい家に着いた。(注.3)
明治四十三年四月より
四月五日
・好い加減な年をした大家にも子供みたいな心があるのだから可笑しい。
・木村爺さんから五円かりる。三円は下へ家賃の残り払ふ。
明治四十四年当用日記
二月四日
・病院の第一夜は淋しいものだつた。何だかもう世の中から遠く離れて了つたやうで、今迄うるさかったあの床屋の二階の生活が急に恋しいものになつた。
<二月十三日 ・午前に床屋をよんで髯を剃つた。>(注.4)
四月九日
・ 筋向ひの家の桜の花が風に散つて、家の前まで飛んで来た。バルコンに含嗽をしてゐると、妙に風があたゝか〔か〕つた。
八月六日
・下の新井の世話にて山幡文次郎より二十円借る。期限十二月限り、利子年三割。
新井にては明日引越に付先月分及今月分の家賃をまけてくれる事になりたり
八月七日
・本日本郷弓町二ノ十八新井方より小石川久堅町七十四ノ四六号へ引越す。予は午前中荷物だらけの室の隅の畳に寝てゐ、十一時俥にて新居に入りすぐまた横になりたり。いねにすけらる。
門構へ、玄関の三畳、八畳、六畳、外に勝手。庭あり、附近に木多し。夜は立木の上にまともに月出でたり
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注.1:本郷弓町二丁目十八番地は誤り。正しくは、本郷弓町二丁目十七番地
注.2:1909年(明治42)6月15日
注.3:「二十日間」からここまでは、ローマ字表記
注.4:入院中なのでこの床屋は病院出入りの人と思われるが、一応列記する