啄木文学散歩 東京都:浅草-1 了源寺 ●了源寺発見 - 長男・真一の葬儀が行われた寺 ●真一と歌集『一握の砂』 - 葬儀の夜に歌集の見本刷できる 両国の江戸東京博物館で「大江戸八百八町展」が行われた。入口近くに「江戸-東京重ね地図」1856年・安政三年の実測復元地図があり、この古地図を7×6メートルほどに大きく引き伸ばして床に敷いた展示物もあった。特殊加工がしてあり、その上を踏みながら江戸時代を散歩できるようになっていた。 この図の中に、啄木長男・真一の葬儀場となった「了源寺」を見つけた。
実際の了源寺は、都営大江戸線新御徒町駅から歩いて5分ほどのところにある。細い道を辿るのだが、道端の花屋で聞いたら正確に教えてくれた。寺と花屋の関係は濃い。元浅草、西浅草、松が谷と地図で見てみると寺が建ち並んでいる。有名な浅草寺までは了源寺から直線で1200メートル。 真一と歌集『一握の砂』 歌集『一握の砂』は、末尾に長男真一の死への挽歌八首を加え五五一首となった。この歌集の最初の見本組が啄木の手元に届いたのは10月29日、真一の葬儀の夜だった。
日記補遺に「新井家の墓域を借りて仮りに納骨す」とあるので、もし現在も新井家が檀家であるならば、その場所が分かるのかもしれない。 <情報 2003年3月・森 義真さんより> <7−8年前の、(国際啄木学会)東京大会の文学散歩の際、浅草の了源寺にも行きました。その時のことを思い出しています。 あらためて了源寺に行き、新井家の墓にお参りした。新井家は、啄木が1909年(明治42年)6月〜1911年
8月まで家族とともに住んだ、本郷区弓町の床屋さん「喜之床」である。現在も「理容アライ」という名前で営業している。 (2003-春) |