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T o 記 D o 記   見た映画、読んだ本、旅をして、ときどき感じたこと

2001年10月-

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 2001-12-14 本「ツチケンモモコラーゲン」

 2001-12-05 映画「シックス・センス」

 2001-11-20 獅子座流星群を見ました 

 2001-11-15 本「十四歳漂流」

 2001-11-04 映画「GO」

 2001-11-02 演劇「ポンコツ車のレディ」黒柳徹子

 2001-10-31 映画「男はつらいよ」第1作

 2001-10-25 旅行「盛岡」

 2001-10-21 本「異郷をゆく」 

 2001-10-15 映画「蝶の舌」

 2001-10-08 本「砂漠の女ディリー」

 2001-10-01 映画「ブリジット・ジョーンズの日記」


2001-12-14

 本「ツチケンモモコラーゲン」を読みました。

 すごい表紙でしかも表紙だけでなく中身もすごいのです。

 さくらももこさんはもちろん「ちびまる子ちゃん」の生みの親です。土屋賢二さんは哲学者で大学の教授。この二人の取り合わせからして、なんとも可笑しい。

 さくらさんの人生に対する考え方が、イイ、トッテモイイ!

  • 真剣に仕事をし、お母さんの肩を真剣にもみ、息子のゲームに真剣につきあったり、おふろに入るときも真剣に入ってるんです。休憩のときも真剣にTVげーむをやったりして、眠くなったら真剣に睡眠をとるんです。だから、その都度何をしていても真剣なので、毎日充実していますね。
  • 何かよくわかんなかったって悩んで死ぬ人生より、いい気分でああ面白かったって死ねることを望んでいる。

 こんなステキなことをお話ししています。

 わたしは、スポーツクラブによく行きますが、「いまちょっと辛くても健康にいいから・・」なんて思って運動をしたりします。でも、クラブに行くこと自体が楽しみだったらこんなに良いことはありません。
 未来を見て行動しなくてはならないのですが、現在が輝いていなければ、その先の未来は霞んでしまうような気がします。

One should live in the moment.

 「ツチケンモモコラーゲン」 さくらももこ×土屋賢二 集英社 2001


2001-12-05

 映画「シックス・センス」を見ました。

 一度ではダメ、二度見ずにはいられない映画の一つ。
 それが何故かは書けないのです。だって、まだこの映画を見ていない人に知られてしまったら・・。ちなみに、時期は離れていますが、4回見ました。

 「死んだ人が見える」「普通に歩いている」「お互いには見えない」「(本人は)死んだとは思っていない」「しょっちゅう出てくる」「どこにでもいる」これは、みんなオスメント君のセリフ。
 わたしも見えるような気がする。もちろん親しい人だけ。それも「気」を感じるというような。いやいやこの話はやめましょう。

 やはり、オスメント君の訴えるような瞳がみものでしょう。ごく最初の場面、教会で人形を手すりに並べるその手の先っぽがもう恐れや怯えを語っているのですから。
 結婚記念日のレストランシーンも、二度目に見るとすごさが倍増します。

 「恐い」という印象もありますが、それよりも「今、生きている」こと。過去の反省ではなく「今、どちらを選び、どうやって生きていくか」を考えさせられた気がします。

「シックス・センス」

            監督  M・ナイト・シャマラン
            出演   ブルース・ウィリス ハーレイ・ジョエル・オスメント
            1999 アメリカ


2001-11-20

 「獅子座流星群」見ました? 見ました!!

 「今年も少ししか見えないかな」と思っていましたら、すごかったですね。スーッと流れて、最後に本当に★印が付いた流星もありました。鮮やかに長い間、光跡が残ったり・・。4時過ぎるとあまり見えないということでしたが、4時半近くでも見えていました。

 夜の早い内に、どこで見ようか方角を確かめて検討しました。ベランダにマットや椅子を出そうとしていて、ふと室内に寝転がってみると、外と視野がほぼ同じだったのです。だから結構暖かくして見られました。ラッキーッ!

  •  数年前には、九十九里浜で銀マットを敷き、羽毛布団にくるまって見ました。明るく長く尾を引いて流星が走ると、砂浜にいっぱいの人たちの口から「ウオーッ!!」と歓声が聞こえました。
     まるで火の玉のような星が流れたときは、海岸全体が同じうねりでどよめいていました。真っ暗だから、どこに人がいるか分からないのですが、☆が流れると、歓声や話し声で意外とすぐ側にいて驚きます。

 今回のような規模の流星群は数百年に一度ともいわれているそうですから、今、呼吸をしている人は誰もこの次は、本当の星になっているのですね。


2001-11-15

 本「十四歳漂流」を読みました。

 短編のどれも薄井ワールドです。

  • お気に入りは『飼育する少年』。
 団地に住む少年は、「犬を飼いたい。」と思っています。
 彼は、背が低いから体育が嫌いで、「お前がチームに入ると邪魔だ。」と友だちに意地悪もされています。
 その日、少年は‘ソレ’を空き地で見つけました。(何を見つけたか、とっても書きたいのですが、これから読もうという方がいらっしゃるかもしれないので、内緒にします。)
‘ソレ’は、寒くて震えているので、少年はなんとかして飼えないか考え、なんと本当に飼い始めるのですね。
 毎日毎日、エサを探してやって世話をするのです。
 

 「そんなことはあり得ない」と、思うそばから、「いや、もしかして・・・。」

 この本を読んでからは、街を歩くとき、つい‘ソレ’がいるようで辺りを見回してしまうのです。

 「できっこない」と思い込む方が間違っているのかもしれません。「出来るかもしれない」と思える方が、なんだかいいと、エレベーターに乗るたび「わたしだったら、どうやろうか」と見回します。

「十四歳漂流」薄井ゆうじ 集英社 1999


2001-11-04

 映画「GO」を見ました。

  • 在日外国人は多いけれど、その実体を「わたしたち日本人が知らない、知ろうとしない、無関心。」このことを突きつけられた気がしました。 
・わたしの身近にも、外国人登録証を常に持ち歩かねばならない人がいます。話を聞くまで全くそのことを知りませんでした。知らないことが更にその人を傷つけていたかもしれません。
・外国人登録証明書の常時携帯を怠った場合には,「一年以下の懲役若しくは禁錮又は20万円以下の罰金」に処せられます。この罰則の重さは、過失致死よりも重い罰則だ、ということです。すごい国ですね。
  • キーワードは父親(山崎努)が、息子に海辺で教えた言葉。「広い世界を見ろ。」「自分で考えろ。」
  • 主演の窪塚洋介さんは、わたしの記憶の中では、「少年H」(妹尾河童原作・TVドラマ1999)オトコ姉ちゃん役。オトコでもない、オンナでもない、年齢不詳の透明な役でした。自分の出征が決まって、Hくんにお別れの代わりに「風の又三郎」を見せ(映写技師だった)、宮沢賢治の『雨ニモ負ケズ』を暗誦していきます。その印象は強烈でした。
  • 大竹しのぶさん、山崎努さんは言うまでもなくステキ! 燻して光っていたのが、萩原聖人さん。

「GO」 
    監督 行定勲
    出演 窪塚洋介 柴崎コウ 大竹しのぶ 山崎努 萩原聖人 
       2001 日本


2001-11-02

 演劇「ポンコツ車のレディ」を見ました。

 《事実は小説よりも奇なり》を地でいっているお話。イギリス人劇作家アラン・ベネットが、実際に体験したことを戯曲にして、本人も劇中にちゃんと登場します。
 ロンドンに住むベネットの庭に、ホームレスの女性がポンコツのバンをねぐらに、15年間も住み着くのです。
 その女性、ミス・シェパードを黒柳徹子さん。ベネットを田中健さんと、柴俊夫さん。これは、ダブルキャストではなくて、一人の人を二人で同時に演じています。不思議な雰囲気ですが、慣れればずいぶん便利な仕掛けです。

 わたしの見た日は、終演後に黒柳さんのトークショーがありました。(実は、この日のチケットを手に入れるのに苦労しました!!)

*****************

 黒柳徹子さんのトークショー

 黒柳さんは、足取り軽く爽やかなピンクのドレスで登場しました。今までのホームレスの衣装がどこかへ吹っ飛んでいくようです。そのとき、脇のドアがそっと開いて、二人の人がわたしの斜め前の席に座りました。“なななんと、田中健さんと、柴俊夫さんだったのですよ”ミーハー的なわたしとしては、ドキドキわくわくでしたね。

【ユニセフ親善大使としてアフガニスタンの避難民キャンプを訪問】

  • アフガニスタンの今
・地雷で有名。1000万個も埋まっている。
・3年間も雨が降っていない。だから食料がほとんど無い。
・2300万人の人口の内、600万人が今にも死にそうなほど飢えている。
・ヘラート(北西部、国内第一の商業都市)は、夏は45度位の気温になり、冬は零下25度にもなる。そこに135000人のキャンプがある。みんな、敷くものも無く、泥の上にしゃがんでいた。
・9月11日の同時多発テロで、外国人はすべて国外に出て国境を閉めた。ユニセフの人たちも2日間で移動した。砂漠にいた子どもたちはどうなったかとても心配。
・毎日、空から爆撃されて、これからラマダン(断食月)に入ったら、いつも食べていない子たちはどうなるの。
  • 希望は子ども
・アフガニスタンでは、女の子は、勉強禁止、就業禁止、テレビ見るのも禁止、踊ってもいけない、絵を描いてもいけない、外を一人で歩くのも禁止。
・でも、ユニセフのキャンプの中では、勉強ができる。学んでいる女の子たちに「何になりたいの?」と聞いたら、みんなうれしそうに口々に「先生になりたい」と答えた。大人は希望を持てないときでも、子どもは将来の夢を持てる。
・地雷を踏んで左足を股の付け根からなくした羊飼いの少年が、粗末な(日本からみると)義足をつけてもらい「うれしいな、また羊に会える。羊と一緒に遊べる。」と言っていた。

 黒柳さんのお話は「お芝居のため、ホームレスの研究をしたこと。」「ホームレスの人は、足から悪くなるのは何故か。」「男のホームレスは群れる。女は単独。」「芝居では『出とちり』をしないが、いつも『徹子の部屋』などでは、常識が無いので(特にスポーツ面)おかしな事を聞いてしまう。」など。

 あの、とてつもない早口で、たくさん話してくださいました。

 みなさん楽しくて、大声で笑っていました。田中健さんも柴俊夫さんも本当によく笑っていました。お芝居も良かったけれど、トークショーも良くて、チケット代がトークの無い日と同じなんですから・・。すごーく得した気分!!


2001-10-31

 映画「男はつらいよ」(第1作)を見ました。

マドンナの光本幸子がほろ酔いでつぶやくセリフの中に短歌がありました。
  • 「口笛は/幼き頃の我が友よ/吹きたくなれば吹きて遊びき」
  • 啄木の歌だ!と思い歌集を開いてみたら・・違う歌だったのですね。啄木の口笛の歌はこうでした。
    • 晴れし空仰げばいつも/口笛を吹きたくなりて/吹きてあそびき
    • 夜寝ても口笛吹きぬ/口笛は/十五の我の歌にしありけり
     1969年の第1作と1995年の最新作では、26年の間があります。不思議なことに渥美清さんだけは、そんなに年月が経ったとは思えないのです。他の出演者がそれぞれに良い年を重ねた顔をしているけれど、寅さんは、第48作まで年をとることをやめたのではないでしょうか。
     もちろん終わりの頃の作品は、肺ガンのため(後から知ったことですが)立つのも歩くのも苦労だというのはスクリーンを見ても分かりました。それでも、どうしてか変わっていなかったのです。それはきっと、わたしの願望でもあったのですね。

    「男はつらいよ」 

          監督 山田洋次
          出演 渥美清 倍賞千恵子 光本幸子 森川信
             1969年 日本


    2001-10-25

     盛岡へ行きました。

    • 続けて二度行きました。一度は車で。二度目は新幹線で。
      東北といっても「盛岡は近い!」感じ。
    • 盛岡冷麺がおいしい。透き通ったような麺、キムチの漬け汁も加えて食べました。帰ってから、東京銀座・歌舞伎座前「いわて銀河プラザ」までわざわざ買いに行ったほどです。

     プラザはプラザでも盛岡市「プラザおでって」てがみ館のお話。

    • 常設展は『啄木をめぐる人々』でした。てがみ館のパンフレットに「個人のてがみは、執筆者の知られざる素顔をのぞかせながら、その時代の息吹を鮮やかに伝える第一級の遺産です。」とありました。
    • 林芙美子のとつとつとした文字。三浦光子(啄木の妹)の淀みのない大きい文字。野村胡堂の原稿用紙の枡目に忠実な文字。
    • 今こうしてキーを打ち込んで現れる文字。文字の未来はこれからどうなっていくのでしょう。


    2001-10-21

     本「異郷をゆく」を読みました。

     言語学・文化人類学者の著者がカメラを構えて、世界を見ます。

    • モリシャスはインド洋の南方、マダガスカルの東に位置する幾つかの小さな島々から成る国である。島の各所にそびえる幻想的な形をした山々は、まるで妖精や魔物が棲む空想世界のなかにいるかのような錯覚を覚えさせる。
    • でもこの島は地獄でもあった。近隣の島々から運ばれてきた奴隷たちの血と汗で作りあげられてきた。 

     巻頭のカラー写真・モリシャスのポートルイスのの景色は、まるでハリウッドの撮影所で作ったのではないかと思いました。おどろおどろしい形の山から巨大な雲に向かって煙が立ち上っているように見えるのです。 

    • 「この地上、何処に行っても、何処にいても、わたしの皮膚の外側はすべて異郷である。仮の住まいを探し、腰を落ち着け、その土地で知り合った人々と一定の時期を過ごす。そして、その土地を去る。そんなことの繰り返しでは、生涯は旅から旅への生活で終わることを覚悟せねばならない。地球はすべて我が宿。わたしは自分の生活をそんな風に考えている。」

     「あとがき」の中のこの言葉は、本当は全く違うのですが、どこかフーテンの寅さんに似ていました。

    「異郷をゆく」文・写真 西江雅之 清流出版


    2001-10-15

     映画「蝶の舌」を見ました。

     前から見たい見たいと思って、やっと行きました。「教育映画です」・・といっても十分OK。「ファミリー映画」といってもOK。性、不倫、青春のときめき、親子、なんでもあり。でも、そのどれもが冗漫ではなく、欠くことの出来ない事柄。

    わたしが一番いいなと思ったこと

    ○ 少年が「信ずる人に出会えた」と感じたこと。信ずるに足る人かどうかを、その行動で判断したこと。「そうか、この人はいい人だ!」と確信したとき、少年には恐いものがなくなっていく。 

    ・父母、サックスの得意な兄、受け持ちの先生。1936年スペイン・内戦の嵐を舞台に衝撃的なラストへ。

    ・すごい数の子どもの中から選ばれたという、マヌエル・ロサノ(少年役)は、アップの画面で、自分の顔に《カメラの手前の情景》がどんなか教えてくれる。

    ・キーワードは『蝶の舌』とともに、『ティロノリンコ』、『アテオ』

    現在「全単館系動員記録6週連続第1位」だそうです。

    「蝶の舌」

          監督 ホセ・ルイス・クエルダ
          出演 マヌエル・ロサノ フェルナンド・フェルナン・ゴメス
             1999 スペイン 


    2001-10-08

     本「砂漠の女ディリー」を読みました。

     13歳でラクダ5頭と引き換えに老人と結婚させられそうになったディリーは、激しく逃走。その後、苦労の末、なんとニューヨークで「Elle」や「Vogue」誌にも登場するスーパーモデルになり、国連大使にだってなるのです。

     カルチャーショックかどうか分かりませんが、幼い頃の土地の慣習が、ともかくショックなのです。でもその事はさておいて、アフリカのソマリアで生まれ育ったディリーの言葉をお伝えします。

    • ふだんの生活では朝食はラクダのミルクだけ。食べ物がじゅうぶんないことはよくあったから、小さな子どもからだんだん大きな子どもの順で食べた。万が一、夕食になにも食べるものがなくてもわたしたちは騒ぎ立てたりはしなかった。だれも泣いたり文句を言ったりはしない。・・・なにもいわずに横になって寝る。食べ物がなくても落ち込んだり大騒ぎしたりはしない。明日になれば道は開けるだろう。
    • わたしたちは、過去のことはあまり話さない。だれにもそんな時間はないのだ。大事なのは今日のこと一きょうなにをするかということだった。
    • わたしは自分が何歳なのか正確には知らない。ほかの家族もそうだ。赤ん坊は生まれても翌年まで生きるかどうかわからない。わたしたちには時計もカレンダーもない・・・。雨を求めて移動し一日は日が出ているあいだだけ活動する。時間は影を見て判断した。・・・いそいだり細かく時間を気にしたりすることはない。アフリカの時間はゆっくり、ゆったりとすぎる。

     ディリーは酷いことをされたのに、それなのに自分の育った土地に感謝し美しい言葉で幼い頃を綴ります。

    「砂漠の女ディリー」ワリス・ディリー 草志社 1800円


    2001-10-01

     映画「ブリジット・ジョーンズの日記」を見ました。

    •  「タバコ・酒をひかえたい」
       「恋人を見つけたい」
       「体重を減らしたい」
       「お金を貯めたい」
       「部屋でのだらだらした行為をやめたい」etc.
       ブリジットは、そんなことを思って日記にきれいな字で書くけれど、どれも守れないのです。
    • これらのどれかは、たいがいの人が実行したいと思い、しかも実行できないで挫折した経験があります。
    • 普通でいることの嫌らしさやつまらなさや汚らしさを、本人の目でしっかり捉えています。だけど、他人から見れば、 ブリジットは十分魅力的です。
    • そういう意味ではこの映画は、人生の応援歌かな。
    • 個人的には、ラストが・・・。
    • レニー・ゼルウィガーの普通人の魅力に触れるのは楽しいと思います。
      もちろん、コリン・ファースとヒュー・グラントの適材適所も憎いほど。

    「ブリジット・ジョーンズの日記」 

          監督 シャロン・マグワイア
          出演 レニー・ゼルウィガー コリン・ファース ヒュー・グラント
             2000 アメリカ      

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