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啄木行事レポート

国際啄木学会東京支部会

   2001年1月13日明治大学リバティタワー

講演「濃い霧の中に21世紀が見えてくる」井上ひさし先生

人間の無意識の行動を歌にした - はたらけど はたらけど猶わが生活

言葉による《特撮》 - 東海の小島の磯の白砂に

天才的“索引作者” - その昔 小学校の柾屋根に

つらさを乗り越える姿 - 実務には役に立たざるうた人と

だから 啄木は 新しい - 鏡屋の前に来て ふと驚きぬ

P.S.芝居は文化のバロメーター


 

 お茶の水駅から駿河台下に向かう坂道をおりかけてすぐ右側に、新装の明治大学リバティタワーがあります。本が好きで、学生時代もそして今もうろうろする場所です。今日はちょっとものものしい警戒の中、8Fの教室へ向かいました。

井上ひさし先生の講演

濃い霧の中に21世紀が見えてくる

「石川啄木がとてもかわいそうだ」というのがこの10年間のわたしの考えです。同じ盛岡中学を10年違い(啄木が年上)で通り抜けた二人だというのに、宮沢賢治は大きく扱われ、石川啄木に対する冷ややかさは許し難い。

  

人間の無意識の行動を歌にした

    はたらけど

    はたらけど猶わが生活楽にならざり

    ぢっと手を見る

 みんな困ったときは足を見たりしない。何となく手を見る。人間の普遍的なしかも無意識の行動をつかまえて歌にした。「あ、そうだ。確かにそうだ」と、みんな思う。

 

言葉による《特撮》

    東海の小島の磯の白砂に

    われ泣きぬれて

    蟹とたはむる

 《の》を重ねていくことで読者が一緒になって、東海の広いところから⇒砂浜の蟹とたわむれる人にまで近づいていく。

 映画でいうなら、ロングから撮ってギューッと急速にズームインしている。SFXを使っても出来ないくらいのスピード感を言葉で表している。

 

天才的“索引作者”

    その昔

    小学校の柾屋根に我が投げし鞠

    いかにかなりけむ

 大人になって子どもの頃をすっかり忘れて夢中になって生きてきて、ふっと「あ、あの鞠はどこに行ったかな」だれでもがそんなことを思う。啄木の歌があるから「あのとき」にすぐ戻れる。自分にとっては一回きりしかない大事な事柄の索引を啄木が作ってくれる。天才的“索引作者”とでもいえるだろう。

    呆れたる母の言葉に

    気がつけば

    茶碗を箸もて敲きてありき

 通り過ぎていってしまう小さな事をこのような歌でビシビシと止めていく。生活の断片を啄木の歌を通してバシンと写真でも撮るように止めていく。

 

つらさを乗り越える姿

    実務には役に立たざるうた人と

    我を見る人に

    金借りにけり

 わたしも、芝居なんか信じてもいない人に頭を下げて切符を買ってもらうとき、むなしくなる。

 啄木が石川家を背負ってからの7年間、生活費はざっと4000円かかった。2000円は啄木の稼ぎ。残りの2000円は借金。啄木に遇いたい。いま5〜6万持っているから1万ぐらい啄木にあげたい。彼ら一家の住んでいた弓町の床屋の二階に投げ上げたい。しかし、啄木は仕事を抱え仕事を通して危機を乗り越えていった。そして、よりよく変わっていった。ふつうの人でも、つらさと正面からつきあうことで一人一人の人生は、よりよく変わっていくのではないか。

 

だから 啄木は 新しい

 自分も親も妻も結核、そして貧乏。啄木は自分の貧乏に気づき、隣の人も貧乏だということに気づき、明治時代の国家の本質が貧困であると見抜いていた。

 そして、貧困は今もある。高度成長のひずみで先行きが不安である。今の日本は啄木の言っていた「時代閉塞の現状」そのままだ。戦後の日本の本質は何だろうと掴みだしたとき、濃い霧の中に21世紀が見えてくる。

  鏡屋の前に来て

  ふと驚きぬ

  見すぼらしげに歩むものかも

 石川啄木の新しさは、普通の生活をしている人間の心の中に起こることを直感で歌にしたことにある。忘れてしまう毎日の心の動きを写真に撮るように私たちに見せてくれる。この動きは人間が亡くなるまで続く。だから啄木は新しい。

P.S. 芝居は文化のバロメーター

 井上先生の講演は、精力的で、笑いいっぱいでした。予定を大幅に超えて、熱心に質問にも答えてくださいました。

 芝居は文化のバロメーターというお話をされて、こまつ座公演のお誘いがありました。 

「芝居はその国の文化の総合力を示す。文学・美術・音楽・観客・批評家などの力がすべて芝居に結集してくる。芝居を見れば今の日本が分かる」と話し、「どんな日の小屋にも芝居を初めて見る人がいる。その日の芝居がつまらなければ、その人は一生芝居を見ない。面白ければ、また観客になってくれる。芝居を愛する人を一人でも増やしたい。そういう思いで毎日必死になって芝居をやっている」絶対にこのお芝居を見に行こうと心に決め、時間を忘れて聴き入ってしまいました。

こまつ座公演『泣き虫なまいき石川啄木』を見ました。

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