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啄木行事レポート

「啄木短歌の魅力」

                   講師 大室精一 氏

   2010年1月30日 佐野短期大学公開講座 
栃木県佐野市高萩町  

     

「JR佐野駅前」

    小山から両毛線で約30分
    噴水が印象的なJR佐野駅前広場

 

 

   

    「佐野市の市花《かたくりの花》の時計台」   

    左の階段はJR佐野駅自由通路
   市内には「万葉自然公園かたくりの里」がある


  

 啄木短歌の魅力

≪ 啄木理解のキーワード ≫ 

1 名前 --- 寺の息子として生まれた啄木は、工藤(母の姓)、一(はじめ)と名付けられた。

2 神童 --- と呼ばれたが、自分から堕ちていった。

3 村八分 --- 石をもて追はるるごとく ふるさとを出でしかなしみ 消ゆる時なし

4 流離 --- 北海道を11カ月間転々と流離ったことが啄木の歌に息吹を吹き込んだ。

5 絶交 --- 啄木は次々と友人たちから絶交された。自分の結婚式にも帰らず、宮崎郁雨とも別れた。

6 大逆事件 --- と妻の家出事件が啄木に大きな影響を与え、啄木は人格者となり死んでいった。

7 つなぎ歌 --- 『一握の砂』の配列構成を完成させるために、つなぎ歌という手法の存在がある。

 

 

会場:佐野短期大学     

 (雲の下の雪山は男体山?)

 

≪ 啄木短歌の魅力 ≫

1) 真白なる大根の根の肥ゆる頃

    うまれて

    やがて死にし児のあり

      『一握の砂』546

(2) 真白なる大根の根のこゝろよく肥ゆる頃なり男生れぬ

       宮崎郁雨宛書簡 1910年(明治43)10月4日附

(3) 真白なる大根の根の肥ゆる頃肥えて生れてやがて死にし児

      「スバル」1910年(明治43)12月号

 

 (2)の歌のかえ歌が(3)の歌。これを推敲して(1)の歌になったと考えられる。五七五七七の七音一句の途中で改行し(うまれて/やがて)、上の歌になった。すごい変化をしている。

 啄木は、佐藤北江の本名真一をとって息子に名付けた。長女京子は金田一京助の京をとった。口べたで直接言わないが、彼らに感謝しているのが分かる。

 

「推敲された長男真一の歌」

 

はたらけど

はたらけど猶わが生活楽にならざり

ぢつと手を見る

井上ひさしさんの話では、啄木短歌以前に「手を見る」歌はない。啄木の歌によって「手を見る」ことが国民に定着した。死後、啄木が手相の本をたくさん持っていたことがわかった。啄木は手をよく見ていたのではないだろうか。

ふるさとの山に向ひて

言ふことなし

ふるさとの山はありがたきかな

この歌は最も啄木の特色を出している。「ふるさとの山」とあるが山の名が出ていない。読む人がそれぞれに自分のふるさとの山をおもう。日本全国、海外にもこの歌の歌碑がある。誰でも協調しやすい。戦争中、軍隊に持って行く本で万葉集と啄木歌集が人気だった。

己が名をほのかに呼びて

涙せし

十四の春にかへる術なし

啄木の14歳は、節子と出会い文学と恋に熱中した。もし、節子と出会わなければ超エリートコースに乗っていたかもしれない。

   「校舎からの景色」

呼吸すれば、

胸の中にて鳴る音あり。

 凩よりもさびしきその音!

啄木は医学的には結核症で亡くなり、家族もほとんど結核で亡くなった。呼吸の苦しいラッセル音を詠っている。土岐哀果はローマ字書きで歌を表したから物理的に三行になってしまった。啄木は内容的に三行にしている。

句読点やダッシュがあれば『悲しき玩具』、なければ『一握の砂』。行頭に上下があれば『悲しき玩具』、なければ『一握の砂』。一目で見分けられる。

その親にも、

 親の親にも似るなかれ――

かく汝が父は思へるぞ、子よ。

人生をしみじみと歌っている。啄木の内面がよくわかる歌。

家を出て五町ばかりは、

用のある人のごとくに

歩いてみたれど――

気になる歌。文学の収入ない、プライド高い。世間から相手にされない、馬鹿にされる。家を出てしばらくは用のある風に歩き、それを過ぎるとフッと息を抜く。土岐哀果は晩年の啄木と会っているから、「啄木は人間性が成長している」と言っている。

  

「図書館長室の入口」

≪ 万葉の歌 ≫

 「下毛野 三毳(みかも)山」の歌碑  栃木県藤岡町三毳神社

 

志も徒けのみ可も能山能こなら乃す 万くはしころは た可けかもたむ

しもつけのみかものやまのこならのす まぐはしころは たがけかもたむ)

大意 下毛野の美可母の山の木楢のように、可愛らしく美しい女の子は、いったい誰の食器を持つのだらう。(誰の妻になるのだろう)

下毛野(下野)は栃木県の呼び方

 

「青空に映えるキャンパス」

   


  ≪ 佐野厄よけ大師の石川啄木歌碑 ≫

 

       夕川に葦は枯れたり血にまどう民の叫びのなど悲しきや

                      石川啄木

 足尾銅山鉱毒事件の「直訴状」は幸徳秋水によって起草された。啄木は「足尾の鉱毒事件」に感銘しこの歌を作った。啄木にとっても大事な歌になり、後の大逆事件とも大きくリンクする。中学生のときにすでに社会的事件に関心を示している。

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つづきはこちら

啄木文学散歩
栃木県:佐野市---2 佐野厄よけ大師の石川啄木歌碑

 

「かたくりの花」


 

*公開講座は全2回で、2回目のみに参加しました。

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